◆ T-bird BLOG ◆

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そろそろ4月、今年の初旬あたりからスキーにはまってはや数カ月、早いものです。
このあたりのスキー場も3月の中旬にはスノーコンディションの悪化によるオフがあたりまえ。
それでも最後にどうしてもひと滑りしたいと思い立ち、ネットで奥中山スキー場の休場及びゲレンデ状況をチェック。するとどうでしょう、今年は例年に比べて雪の量が多いので、3月いっぱいは営業するとの記載。
それはそれはラッキーのひと言であります。いつもなら18日の日曜日で終了なのだが、ですよ。こんなことは滅多にあるものではありません。
いつもはついていないのが当たり前の私の人生にも、パァッと明りが灯った感じでありました。
私の3月最終休日・ピーカン。
スキーやらストックやらウエアーやらを車に詰め込み、私は颯爽と出かけて行ったのであります。
ギンギンガンガン、飛ばすぜハイウェイ・・・(おっ懐かしい永ちゃんのフレーズが)
そして無事到着。

「やってない?????の」
えーーーリフト止まってるし、いったいぜんたいどうなっているの?3月末までやってるって言ってたのに。
私はヒュッテに向かい、そしてガランと静まり返った誰もいないロビーへと足を踏み入れたのです。
すると奥のレストラン側から女性スタッフがひとり
「すいません、あれ、今日はやってないんですか、ネットではやってるって」
「あっあっちょっと聞いてきます」
何もしらないのでしょうか、現にやってはいないし、仮に彼女が上司に聞きに行ったところで、私のために私だけのためにリフトを動かしてくれるわけなどありゃしないだろうし。
瞬時にそうさっした私は言ったのです。
「いやいや、いいですよ聞きに行かなくっても、」
「そうですか、それじゃあ」
そう言うとそそくさと彼女はどこかへときえていってしまったのでありました。
再び静まり返ったロビー。
私は帰る事にしました。
いいのです、ついていないのがあたりまえなのですから。ある意味ついていないのもこれがまた、ギャグみたいでおもしろいものなのです。

車に乗って八戸に向かう途中、とんでもない雪が降りだしたのです。いままでこんなに強くふったことないだろうぐらいの大雪。いやはやここまで試練がくるかーの超越ギャグ。これもまた、なんかおもしろい。
結局今年のスキーは先々週でおしまいです、多分、多分ですが、もし今回スキー場がやっていて、私がそのまま滑っていれば、大きな怪我をしていたかもしれませんね。
良かったのです、そしてまた、このまま帰途についていなければこの大雪で簡単には八戸には帰れなかったかもしれません。なーんて思ってみました。

八戸に到着すると空は真っ青、なんのことはない出たときと同じピーカンでありました。エヘッ!
カービングスキーの存在すら皆目知らずに、かなり振りにスキーを始めてはや数週間、鼻たらしの幼少の時代に味わったワクワク感がたっぷりとよみがえり、どっぷりとつかっております。
そして徐々にロングなコースを求めて、ついにやってきたのが奥中山スキー場であります。

「おおーっ、あれはなかなかのおおきさだ、そしてまた美しいスキー場ではないか」
はやる心を抑えつつ、私は慎重にその山のふもとへと車を滑らせたのであります。

大きいスキー場だけあって、やはり来場客もかなり多く、活気に満溢れております。
早々と私は新調したばかりの黄色いチェックのスキーウエアーに身を包み、その山の上を目指したのであります。

しかしこれがまた急展開な天候不良。山の天気は変わりやすいとは言いますが「変わりすぎでしょ」といった 具合。

ほぼ視界ゼロ。
それでも私は、果敢にもこの悪天候の奥中を攻めたのであります。4回目のリフトではてっぺんまで登ってしまい、谷底を覗いて見ては「これはやばいでしょ」と、ややひるんだものの、そのあたりにたむろっていた人々にはそんな心の動揺はおくびにも出さず、さりげなくレッツゴー!
ふもとに着くまでに3度程急斜面を縦に転げ落ち、雪だるまになりながらのニコニコナイスライディング。
あちらこちらを雪上に強打しながらも、尚、果敢にその急斜面に挑み続けたのであります。
7本目だったでしょうか、ふと我に返った私はあることに気付きました。
そうです、すでに持ちえる体力の限界を超えていることを。
息はキレギレ、モモはパンパンにハレハレ、酸欠で頭はガンガン、大人げなく夢中になりすぎてしまいました。

そんな事態を自覚してしまったものだから、なおさら視界がふらふらになりつつも「もう一回だけ」と無情に動き続けるリフトにライドオン。
するとどうでしょう、少しだけですが太陽が顔を出してくれたのであります。

あまりにも張りきり過ぎて疲れ過ぎて、帰りの車中茫然自失状態。
それでもなんだか、やはり、おもしろい。
「体力が回復したらきっとまた来よう」なーんて思った、すでに体内を乳酸に支配されつつある私でありました。
毎年恒例の3月のどか雪が降ってから一週間、やっと道路にもアスファルトが姿を見せ始めてきました。
やっぱりどうしても一度は来るんですね、このどか雪。
5月に開催予定の「うみねこマラソン」にエントリー済みの私にとっては大事な練習期間のこの時期、毎朝のジョギングにはゴム長をはいて奮闘しておりましたが、なんとかスニーカーでできるようになり一安心といったところです。
本日も気温7℃となかなかのジョギング日和、それでもやはりしっかりと着込んでのレッツゴー!
山越え谷越え(いったいどんなところを走っているのだ?)スタスタと軽やかにこの春の兆しを感じながら走っていると、なにやら違和感を感じる物体を発見。
やや自身の進む方向を10度程左に傾けてその違和感のある物体に近づいたのであります。
それは「カニ」でありました。



まるで「カニツメ」ではありませんか。
かなりの雪が積っていただろうこのあたりにも春の息吹が温暖という恩恵をもたらした証ですね。それにしてもリアルな、まるで生きているかのように相手を威嚇している形に見えてなりません。
当然のようにカメラなど持参しているわけもなく、私はこの奇妙なショットをゲットするために、いつもの2倍のスピードで家までの数キロを突っ走ったという訳であります。
そうです、この「カニツメ」のおかげでかなりのハード的練習になったのでありました。ゼーゼーぜー!

北国の住民にとっての明るい春は、どうやらすぐそこあるようですね。
早いもので、あの大きな震災から一年が経ちます。
やらなければいけないたくさんの事が凝縮して目の前にばらまかれでしまい、私達としてはひとつひとつそれらを整理していかなくてはなりませんでしたが、みなさんの協力のもと、こうしてなんとか営業を続けることができていることに大変感謝致してしております。
本当にありがとうございます。



八戸は復興に向けて湾岸地域も日々懸命に頑張っております。



この穏やかな岩場の風景がずっと続いてくれることを祈りながらこの日を過ごしたいと思っております。
そしてまた、あの大きな大地の揺れが二度と起こらないでほしいと、願いつつ・・・。
忘れられた記憶の中に絶対存在していたであろうその情景をひととおりながめたおし、自身をこの柔和な空気感にならしながら、そしていよいよ時代を超越したこのアーケード内へと生まれながらにして短い足を踏み入れたのであります。
(どっこいしょ!)



歴史を刻んできたパーツを組み入れ、ひと肌の温もりを感じる手作り感満載のショップの輪郭。

店内、カウンターあたりを一枚撮らせて頂きました。
モダン昭和ともいえるこのユーロな感覚は、ひとえにこれまで培ってきたセンスのなせる技ですね。
すばらしいの一言に尽きます。
その古き良き商品群を眺め、出張中とあって乏しい私の財布の中身を思い浮かべながら、これなら買えるかもしれないと思った本一冊を手にとりました。裏をのぞくとプライスが、うん、これならかえる。

「Porter Classic」は「PAWN SHOP」のとなりにありました。
素材に、そしてメイドインジャパンこだわった誠実な洋服がずらり、次世代につながるショップ
のひとつといえるでしょう。
帰りの新幹線の時間が近づいていた私はそろそろと、店を後にしたのですが、また近い内時間に余裕をもって再び訪ねてみたいと思っております。


「それいゆ NO18」1951年 日本初の、女性のためのライフスタイルブックなのです。
駅弁のランクを抑えてなんとか「PAWN SHOP」で買えた一冊です。
表紙の女性の清楚な表情といい、洋服の着こなしからデザイナー家具の選び方、また豊かな生活スタイルまでもとらえた内容といい、今見てもなんの遜色もない、なかなかおしゃれな本になってます。
次回、違う号もみてみたい、そんな思いがつのる今日この頃であります。

展示会の続く季節がやってきた。
多い時は一日8件とかありまして、そのひとつひとつの展示会場が都内に点在しているので移動しながらしっかりと拝見させてもらっておりまする。
そして最終新幹線に乗り込み、バタンキューと白目をむきだしながら座席にへたり込むのでありました。このウトウト倦怠感、けっして嫌いではありません。
ところがどっこい、今回はたったの3件と、余裕綽々、こんなお茶の子さいさいな事は滅多にないので、それではっと、行ってみたいところに行ってみましょうということで・・・
選んだのは「銀座」であります。
なぜか、それは以前、ポータークラッシック代表の吉田克幸さんがオープンさせたと雑誌で見た「PAWN SHOP」へ行ってみたいと思ったからであります。あまりにも有名なあの方が、若かりし頃より海外で収集したいろいろなビンテージ物が展示してあるとのこと。
これはやはり一度のぞいてみなければなりません。
そこで、かなりぶりの「銀座」であります。
たまたまぶらぶら数寄屋橋交番の前を通りかかって、ふと思い出した事がありました。
かつて、私が20歳の頃、真夜中の首都高でふいにパトカーに止められ(実は友達のファットジェイが助手席にのっていて、そのジェイのあまりの体重の重さに、私のスバルR2がヒ―ヒ―と疲労困憊、なんと時速10キロまでスピードダウン、そりゃ止められますわな)、そして免許不携帯で捕まったという難事件がありました。
当然私達は足止めをくい、始発電車が走り出すまでの数時間、ここで、この都会のオアシスである数寄屋橋交番で時を過ごさせてもらったという淡い思い出が過ります。
たしか、ひとりの若い警官にリンゴジュースをおごってもらいました。ありがとうございました。
懐かしい、あまりにも懐かしすぎる。
ただ残念な事に、以前の交番の形状とは大分様変わりしておりまして、かなりこじんまりとおしゃれに建て替えられておりました。
当時はやはり古色蒼然とした建物で、そのまわりにはわりとスペースが空いていて私の車なんかもそのへんにポンとおいてあったと記憶しております。

さあっ思い出探訪はそれくらいにしてっと、
このアドレスからするとこっち方面か、みゆき通りはこれだから、あっこっちか・・・。
有楽町駅から歩くことやく10分。

「おおっあったあった、ここだ」
私の目指すところ(インターナショナル・アーケード)が・・・。
なっなんだ、この大昭和な究極のノスタルジアは・・・・私はしばし茫然とこの心安らぐ景観を眺めてしまいました。そしてしばらくのあいだこの場にたたずんでしまったのでありました。

銀座にはやはり何かある、何か人の心をググッと捕える何かが根付いている。
私はそう確信したのでありました。

つづく
「チーズハンバーグだったら十和田にすんごくうまいところがあるよ」
ソールブランチカフェへと久しぶりに出向いたときに、カウンターの向こう側でみつえさんが言った。
「私のなかではいまのところあそこのチーズハンバーグが一番だね、それにその内装なんかがレトロですごくかっこいいの、いまどきあの雰囲気をもった店ってなかなかないだろうね」
みつえさんがそう付け加えた後に、隣にいた拓ちゃんが口を開いた。
「そこ、俺がガキの頃から通っていたところで、よく家族で行ってたもんですよ。まさに「昭和の喫茶店」ていった感じ。マスターは今でも蝶ネクタイしてるんですよ」

ハンバーグ好きの私にとっては何よりの情報でありますし、そしてまた、その「昭和の喫茶店」というとても懐古的な響きに興味津津こころ鷲掴み。
なんと幸運な事に、翌日、たまたま休日であった私は、計り知れない妄想のデミグラスソースの渦の中に飲み込まれそうになりながらも、のこのこと出かけて行ったのであります。

喫茶店「イッシン」
聞いたとおり、ルート45を十和田市から五戸町方面に向かって行った途中にありました。

うーん、すばらしい!
拓ちゃん達の言っている意味がわかる。
店内、なんだかきちんとしている。格調が高い。備品はていねいに長年使いこまれている。落ち着く。
私はその使いこまれた歴史的メニューをおもむろに開き、そしてそれを注文したのです。

ジャジャ―ン!
でたーっ、なんとうまそうなチーズハンバーグではありませんか。
チェダーチーズの濃い黄色みとデミグラスソースのこげ茶の淡い融合が私の網膜を釘づけにし、またその融合物が鉄板のうえで焦げ付いた魅惑臭が食欲をそそる。もう待てない、いっただきまーす!

いやーうまかった。久々にこんだけうまいハンバーグを食ったような気がする。
まんぞくまんぞく大まんぞく。


翌週、私は性懲りもなく、またまた伺ったのであります。しかも今回は「Lサイズ」300gを注文。
年甲斐もなく、未だにハンバーグに目がない私なのでありました。

が、しかし、やはり、私ごときには200gが妥当でありましたとさ。
あの後、気落ちしきった私は買ったスキー上達本を隅から隅まで読みたおし、そしてまた、付属のDVDを瞼を閉じるのも忘れて見入ったのであります。
しかも通しで2回。
基本的なことは、やはり、なんとなく、解かる。
そして気が付いたのです。あまり深く考えない方がいいことを・・・。
あれこれと考えずに、幼いころに身に付いていただろう感覚を駆使して思うままに滑る。それが一番。
そして翌週の休日、私は次なるスキー場へと向かったのです。

焼山スキー場はカラフルウエアー花盛り、山頂方面はかなり混んでおりました。
私は例のDVDのイメージをそのままに、その頂上から雑念を捨てて一気に滑り降りたのであります。
なんとなく、ナイスフィーリング!
そういえば私、まあ、はなっから本格的なアルペン選手ではありませんでしたから、まあ、それくらいのもんです。なにも悩むことはありませんでしたね。まったく!
アフターは、以前から耳にしていた食堂「上高地」、ここのバラ焼きがうまいらしい情報ゲット。

ありましたありました。
スキー場から一本温泉街に入った細い通り。
いつもは店内混み合っているとの話でありましたが、本日中途半端な時間帯なのでしょう、ゆったりとチェックイン。

早速にその看板メニューを注文。

いい具合に焼けてきております。
とかした生卵にその香ばしく焼きあがった牛肉と玉ねぎをさらりと浸してぱっくりこん、ごはんもりもり、こりゃうまい。
こちらも滑り同様、一気に完食、ごちそうさまでした。
このあと、初めて伺った私ごときに食後のコーヒーを入れてくれて感謝感激、そしてそのわずかなまどろみの時間、この店の生い立ちを覗った次第です。それぞれの店にはそれぞれの歴史あり、と言ったところですね。

次回はスキーよりもこちらがメインになりそうな予感、であります。
もだえる程に待ちわびた翌週の休日、私は早起きをして再びあのゲレンデへと足を運んだのであります。
やはりその白銀の乱反射に胸中ワクワクドキドキ、まだまだ新鮮なものです。
早速スキーウェアーに着替えてレッツラゴオーーーーーーー!

勇んで山の頂上に上がった私でしたが、前回と何かが違う・・・・・感じが・・・・・。
そうです、何か心がスイングしてブンブンと連続ターンをしているイメージがわかないのです。
それでも、そのあやふやなへんてこイメージのままに頂上スタート!

ガッガッガッ、ギッギッギッ、ゴッゴッゴッ、ザザザーーーーー!

なんと一発目のライディングで太ももが、カッキ―ーーーーンと見事につってしまった。これがまた痛いのなんのって叫びたい程痛い。このままではいけないと、急停止。
斜面の途中で一休み、美しい斜面制覇のイメージを作っているふりをしながら、この激痛にあえぐ太ももをもみもみと揉みほぐすこと5分、やっとのことで痛みが軽減。ほっと一息です。
疲れがたまっていたのかもしれませんね。まあ、いい年ですからね。
その後も太ももの調子がいまいちでいいイメージがつかめずに、仕方なく今回はさらりと流して休憩休憩、と相成った訳であります。

ヒュッテに戻って昨夜から心に決めていた、カレーライスを注文。
カレーはうまかった、が、気持はさえなかった。

外のまぶしさが目にしみる未熟な私は、このまま帰途についたのですが、その途中書店に立ち寄り、スキーの本を買ってしまったのでありました。

翌週、準備万端整えた私はその山のふもとにあった。

あの日、自宅へと辿り着いてから一考、なんやかんやと遠回しに理由をつけては買い物交渉、そのねばり腰にて、ついに交渉成立、なんと数十年振りにスキーをゲットしたのであります。
なんか小学生の頃、初めてスキー板を買ってもらった時のワクワク感を彷彿とさせるムズムズ感が体の芯から湧いて来る。鼻息荒く、嬉しいものです。


(ロシニョール) 私がかつて、そう、小学生の頃に憧れた板であります。
当時はスキー部の、しかもうまい連中しか使ってはいなかった手の届かない雲の上の存在でありました。
あれから数十年、現在はセットで私でも手の届くクラスのやつが存在するではありませんか、早速そいつをゲットしたのであります。
そして、果たして私ごときは、日々練習していたあの幼かった頃のようにうまく滑る事ができるのでしょうか?
期待と不安が渦巻く妄想の世界のなかから、いざ出陣と相成った訳であります。


めざすはちょうどあの山のてっぺんであります。
まあ、その前にすこしだけ練習練習、中腹のなだらかなところで20分程ちょろちょろと滑ったり登ったりしながら感覚を慣らしたのではありますが・・・。


ついに、リフトに揺られてガタンゴトン、じりじりと山のてっぺんへと進みます。


うほーーっ、と声が出る程素晴らしい眺めではありませんか。

私は一気にこの白に輝くゲレンデをなめるように滑り降りたのであります。
なかなか体は覚えているようです、よろめきながらも難無く無事スタート地点まで帰還。
この後は何度も何度も華麗なシュプールを描きまくったのでありました。
めでたしめでたし!
まあ、誰も私の滑る姿を実際に見てはいないのでこんな安易で陳腐な表現で記しておきます。
今のところなんとでも書けますからね。

そして翌日、私の全身はびっくりする程硬直しておりました。久し振りの筋肉痛はやはり半端なものではありませんでした、ギシギシときしむ体をおしてまで、わたくし、仕事へと向ったのは言うまでもありません。(まじめか?)
ゆかいでにぎやかだったあの正月はいつの間にかヒュンヒュンと音速で過ぎ去り、そして、穏やかに流れる束の間、がやってきた。
未だ寒さは厳しいもののほっと一息つける充実の時間。
やっとで巡って来た私の休日、疲れは日本海溝の奥底までにも達する程にどんよりとピークを向かえているものの、こんな時こそボーっと自宅で過して一日を終わらせてしまう訳には行かない。
例の元日の大失態を取り戻す為にも何処かに向かわねば!と思案。
しかし夏ならともかく、この厳寒期にいったいどこへ向えば大当たりなの?か皆目見当もつかず、取り合えず車にのっちゃえっと言う事で・・・・ギッギッ・・バタンッ!

最近、時々、密かに、そっと聞いている70年代ヒットパレードを低音量で車内にちりばめ、全身の血管を圧迫している血圧もやや低めに設定、前後左右の車両達の流れのなかに自然体的に身を置く。
心地よい、先を考える事も無く心地よい。
そんな浮遊空間、はっきりとした輪郭をもたない70年代のつまらなくも切なくほのかな記憶が次々とよみがえり、そしてまたさっぱりと後方に走り去って行く。
手で触れる事の出来ない漠然としたものだが、それらはゆるぎなくそこにある、実に心地よい!
そうこうしているうちにどこかを走行中。

この真直ぐな道はどこへとつづくのだろう?はるか過ぎて先がまったく掴めない、が、うつくしい道だ。
私はしばし車を止めて生温いコーヒーをひとくち・・・ゴクッ。

視線をこの道の左側に転じるとそこにはちいさなスキー場がひとつ。
ごま粒ほどに見えるたくさんの人達が気持良さそうにそれぞれのシュプールを描いている。むっむっむっ!

「そうだ、スキーでもはじめてみようか、せっかくの冬なのだから・・・」

わずかながら冬の楽しみがひとつひらめいた、まだまだ寒すぎる初春の青森県なのでありました。
昨年の年越し、久し振りに、そう約20年振りくらいでかの紅白歌合戦を拝見。
これがまた懐かしいのなんのってもう大変、気分高揚飲みなれない日本酒が進む進む。
最後の方は記憶喪失、何時に寝たのかもやはり皆目見当つかず。

元日は早朝からまずはジョギングをしてから元朝参りにでも行こうと決めていたのですが、目が覚めたのがなんとお昼過ぎといった大失態、これだけでも大きなダメージなのですが、しかししかしここからがまた一大事、なんと吐き気満載吐きまくりん。
一息ついた頃にはすでに夕暮れ。貴重な元日ももはや終盤。精神的にガクッと落ち込んだ龍年初日でありました。
それでも元朝参りだけはと、トコトコと出掛けた次第であります。

毎年恒例の蕪島神社に向ったのですが、ここでも再び驚異の吐き気が・・・このかなり遠目ショットでの撮影のみにて断念。
トコトコとそのまま自宅に帰ったのでありました。

そして本日早起き



ばっちりと新年3番目の日の出をキャッチして参りました。
皆様の御健康とますますの御繁栄、そしてまた震災からの復興を心から願う次第であります。
私達も新たな気持で頑張って行くつもりでおります、本年もどうぞよろしく御願い致します。
年の瀬もたっぷりと深まった最終の休日。
私は、あの惨劇から見事に復興を遂げた「漁港ストアー」へと向いました。



震災前となんら変わらないその活気溢れる姿にホッとし、またその力強さに感動であります。
新しくなったピッカピカの食券販売機に小銭をぽとり。

私は大好物の野菜天ソバを注文、そしてタマゴとダイコンのおでんを奮発したのであります。
これがまたうまいのなんのって、バキュー-ーンであります。
最後のつゆまで完食。

店内もラムネコーナーから大漁旗、そしてまたど演歌大音量とほんと懐かしさ全開でありまして満足満足・・・・大満足であります。

「ごちそうさまでーーーーーーす!」

私達もこの迫力、気力での努力をまねてぜひがんばりたいと思います。

年末年始のご案内

2011年
12月31日(土) 午後5時までの営業となります。

2012年
1月2日(月) オープンは午前11時 初売りとなります。
        恒例の福袋の方もしっかりと準備万端取り揃えてお待ちいたしてお待ち致しております。

1月3日(火) オープンは午前11時30分 通常営業となります。

2011年は忘れる事の出来ない厳しい年となりましたが、皆様には大変に御世話になりこうして営業する事が出来てきました。本当にありがとうございました。
2012年度は心機一転、新しいブランドも交えてしっかりと頑張って行きたいと考えております。
これからもどうぞよろしく御願い致します。

ティーバードスタッフ一同


八戸市中心街にそびえたつ「ポータルミュージアム・はっち」。
極めて近代的かつ壮麗でいてアーバンなこの建築物は昨年オープンしたばかり。
様々なイベント事が隙間なく行なわれている、市民の憩いの場としての地位を確立しつつあるミュージアムホールであります。
それにしてもここの一画だけは群を抜いて新しい景観です。

そして今回、私は初めてこの「はっち」の玄関をくぐり抜けてその内部に足を踏み入れたのであります。
なぜかと言えば、それは、えんぶり和紙人形作家である高橋寛子さんの写真展があると言う情報を頂き、それはぜひ覗いてみたい、そう思ったからであります。

いやーっすばらしい写真の数々でありました。

普段さりげなくそこにある注視しなければ見過ごしてしまいがちな一瞬、あり余る静寂の中、陽光の奏でる旋律の燦爛を見事にとらえた一枚一枚に大感動でありました。あの、光りと緑が満ちあふれる縁側の写真にはやられてしまいました。
皆さんにもここで御紹介したいのはやまやまですが、やはりそれはそれ、ぜひ足を運んでもらって自身の目で確認して頂きたいと思います。
今月12月29日まで「はっち」2階にて開催中ですよ。




そしてその2階の常設展示場では、この躍動感あふれる「えんぶり和紙人形」も鑑賞する事が出来ます。素晴らしいの一言に尽きます。


高橋寛子さんの写真を一枚撮らせて頂きました。
久々にアートを身近に感じ心豊かな一日となりました、たくさんの感動をありがとうございました。
大袈裟な前振りも無く極めてさりげなく師走という本年度最終段階がやって来て、「えっ、もう!」などと、時の流れのあまりの早さにもれなく圧倒され、おろおろと落着かない私なのであります。
いつもならバイクを引っ張りだしてアクセル全開未知の荒野を目指すのですがいかんせん今は冬、ここはひとつ今年の〆として祖母の墓参りでも行って浮ついた心を落着かせようと決心、休みの日にちょっくら出掛けたのです。
すると・・・・・突然の大雪が・・・・日頃の妄想がいけないか・・・・。

いやいやまてまて、それどころか、なんだかきれい。
まるで日本画の巨匠でも描いたような風景画的おもむきではありませんか。
なんだか、かえって落着きを取り戻したような安堵感。
考えてみれば、この雪の時期、ここを訪れるのは初めての事です。

いつもはなんとなく眺めていたこの門ですら幻想的でいて摩訶不思議世界な雰囲気が漂います。

向こう側の表参道は、まるでこの世と別な世界とを結ぶタイムトンネルのような、永遠の静けさを全ての内に沈み込ませ、今にもぼやけ、そしてふっと消えてしまいそうにはかなく浮びます。

現実的選択ミスのコットンスニーカーはすでに水分たっぷり。

今年も残り少なくなりました、あとひとふんばり出来そうです。
寺山修司記念館を訪れてから、あの宇野亜喜良のポスター画が気になって気になって頭から離れず、あれこれ検索していると、3枚所有している古書店を発見。
一枚は「天井桟敷(1968年)・新宿千一夜物語」のやつで、しかも宇野氏のサインが入っていると言う事で、なんと15万円とかなりの高額にてあえなく断念。
もしこれを買ったりなんかしたらみんなから何を言われるかわかりませんのでしっかりと止めておきます。
次の一枚は「CIEL DE LIT」、かたつむりが女体を這い回るやつなのですが巻き皺がひどくこれまた断念。

そして最後の一枚がこれ。

1968年の「初恋地獄篇」のポスター。監督が羽仁進で脚本に寺山修司が参加しているもの。
このエログロな輪郭の完成度の高さといい、異次元的配色の感性といい、敗退的雰囲気といい、すばらしいの一言に尽きます。そしてまた肝心のダメージも少ないと来ている。
値段も、私が居酒屋行きを一晩あきらめればなんとかなる模様。

決定!!

さてっ、何処に飾ろうかな!
次に私が向ったのは「三沢航空科学館」であります。
こちらも以前から行きたいと思っていてもなかなか行けずにいた所です。この機会にと「寺山修司記念館」を出たあと直ぐにむかったのです。



かなりどでかい建物で圧倒。
まあそれは、なんと言っても飛行機ですから、大小様々な飛行機の展示になる訳ですからこれくらいはないと収まりきれない事くらいは、納得です。



ミス・ビードル号(1931年・世界初北大平洋無着陸横断成功)
入場して直ぐにこのミス・ビードル号(レプリカ)が展示してありました。
あらゆるジャンルにおいてビンテージ好きの私にとってこれはかなりカッコイイの部類に属します。
むき出しのエンジンの複雑な形状といい、寸胴で腫れぼったい機体といい、直線的な翼の堅固さといい、そしてなにより色がいいのです。
当時のままの色合いで作られているのであれば、このくすんだオレンジカラーに心をぐっとひかれる次第であります。
そしてよくもまあ、こんな小さな飛行機であの先の見えない海の上を飛んで行ったものです、感動!!
ちなみに、このビードル号、今年の米軍航空祭にて実際に飛んだらしいのです。
かなり見たかったのですが、さすがの日曜日、仕事優先にて行けず、と言ったところです。



スペシャルディスプレイはなんと「零戦」でありました。
なんにも下調べをする事も無く来ていたので、これはまた大いに感動的でありました。
あの、本や写真や映画でしか見た事のなかった「ゼロ戦」が目の前にポッカリ。
小学生の頃に作ったプラモデルがそのまま大きくなった様な親しみのある形状に、しばしとうとうと仰ぎ見てしまいました。感慨深いものです。

エントランスを出ると直ぐに「海軍カレー」が・・・・。
せっかくなのでワンディッシュぺろり!とやっつけてから帰宅。

三沢ってなかなか名所の宝庫ですね、またの探索が楽しみです。
何ヵ月振りだろう、連休と言う48時間もの長い休みをもらったのは。

1日目はバイクを引っ張りだして盛岡方面へと向っている途中、あまりの冷え込みにグローブ越しの手がかじかんでしまい、クラッチレバーを握るという単純作業が困難となり、敢無く帰還。
気温のせいなのか年のせいなのかは後で考えよう。
中途半端な時間に帰宅、買い置きのDVDで映画を見ているうちに難無く日も落ち、これではいけない、何か行動しなくては、と馴染みの「おきな」&「ソウルブランチカフェ」へとレッツゴー!
なんとか楽しい夜を過す事が出来た。

翌日もまた休み。
この休みが続くロングバケーション的シチュエーションに慣れていない私はちょっとした戸惑いの末、三沢行きを決断。
昨日、NHKでやってた「寺山修司記念館」が脳裏を過ったからです。言われてみれば直ぐ近所なのに未だに尋ねた事がなく、いつかはいつかは、と思っていた所でした。

なんと三沢はすでに冬に包まれておりました。この細道、なかなか好きな道のひとつです。



寺山修司記念館到着。
寺山修司を良く知らない私は興味シンシン、胸ワクワクであります。

館内に入ってまず印象的なのは数々のポスター群、このポスターの絵の斬新さに衝撃を受けてしまったのであります。
まず、どれか一枚でも欲しい、などと思ってしまったのであります。
もちろんここでは買う事は出来ませんので、当時もののやつをどこかで気長に探したいものです。

館内は当然写真はNGですが1ケ所だけOKのところがあり、そのあたりをパシャリ!
かなりアーティスティックでエロティックでエネルギッシュでありました。
そこで、少しでも寺山修司を知ろうと「不思議図書館」と言う単行本を購入、読んでみようと思います。
そしてまた、あまりの衝撃を受けたポスターの作者「宇野亜喜良」の60年代物を集めた写真集を購入してしまいました。

これらを参考にどれか気に入ったポスターを一枚だけでも探してみたい、と決意した連休2日目の昼下がりのひとコマでありました。

さあっ次は......。

「いらっしゃーーーーーーーい、たっちゃん!」
「....................」



「ひえええええええええええ、ごっ、ごめんなさい、間違いました。」

私はてっきりと勘違い、がっちりと間違いました。
○○さんはにっこりと笑って聞き流してくれましたが、うっかりと私の凡ミスであります。
しかし、しかしです。あまりにも私の友人に似過ぎておりまして、近くで覗き込んでもそっくりであります。
私は○○さんに丁重にお詫びを申し上げたのと同時に、もっともっとたくさんの証拠写真を撮らせてもらったのであります。
失礼にもはなはだしいのではありますが、さすが○○さん、太っ腹であります。ポーズをとってくれたのであります。

横顔もパシャリ!
似てる似てる、横顔もそっくりであります。

リラックスした感じもいい!
ううううううううーーーん、実に良く似ている。やはりいるものなのですね、世の中には。瓜二つと言っても過言ではありません。

それではその当人に登場していただきましょう、どうぞ!



こちらの都合で、久々の勝手な登場ありがとうございます、たっちゃん。
○○さんはこんなエキセントリックなポーズは多分しないと思いますが、振り返ってみるとこんな感じの陽気な写真しかストックがなくて、仕方なくこの激しいポーズを使わせてもらいました。
無理を言って写真を撮らせてもらって本当にありがとうございました○○さん、そしてまた、昔のはじけた写真を勝手に使っちゃってごめんなさい、たっちゃん。

「それにしても、くりそつ」

お寿し、旬料理「よ志乃」
今年、リニューアルオープンしておりますよ。


真面目な横顔もたった一枚存在したのでたまにはこんなのもあげておきましょうね。

空が透き通る程に青い。
北国八戸ではすでに初冬、11月だと言うのに外気は20℃と言った小春日和。
いったいどうなってるんだ?と思いながらも、本日寝不足気味の私にとっては、やっぱり気持の良い暖かさであることは、間違いところであります。

良い子はぐっすり夜中の1時半
「もしもし、俺俺、コバーン。もう寝てた?ガッハッハッハー!今ね、盛岡、盛岡にいるんだよねー。明日さ、八戸行っていい?って言うか、行くからよろしく!じゃあね、おやすみーー、ガッハッハッハーーーーーー!」

突風に身の回りの物を全て飛ばされてしまってひとりぽつんと取り残された様な孤独感が私を包んだ。いったい今の電話は何だった。私は寝起きのぼけた頭をフルに回転させながら考えた。
コバーン、コバーンってあの、昔、温泉で有り金全部パクられたコバーンか、そうだ、きっとそうだ、明日八戸に来る?って言ってたような、いや、確かそう言ってた。
そんな事を考えている間にだんだんと目が冴えてきた。
結局それから2時間程テレビを見てしまった。


その日の夕方やって来た。
きれいな彼女と可愛い姪っこ、そしてニヒルに微笑むジャンポール.コバーン.ベルモント。実に14年振りの来八であります。
懐かしいやら懐かしくないやら、いつのも顔であります。

夜中の2時前に私を叩き起こしておきながらの満面の笑み、しかも久し振りに会ったと思ったらもう盛岡に帰るとつれない発言。

30分後、車で出発。

まるで悪夢の様な1日でございました。なんちゃって!
今度はゆっくりおいで!