北へと

久し振りの連休・ピーカン・草刈り終了・キャブセッティング良好・やる気満々、と来れば「尻屋」でしょ。
と言う事で、今回は「尻屋崎」までひとっ飛び。

ちょうど10年前、「ごめ」の石岡君達と数名で下北半島を一周した時にちょいと立ち寄った所。
悪天候とその海風の強さに圧倒されて泣きながら吹き飛ばされそうになった所であります。
その最も危険な状況に身を呈して私達を突風から守ってくれたのが、寒立馬のジロー(仮名)でありました。
ジロー(仮名)はその小さな群れのボスで数頭の仲間を引き連れ、へなへなと腰の立たなくなった私達を囲みそして救ってくれたのでありました。
その時のお礼とまた新年の挨拶も兼ねて、本州の果てへと向ったのであります。

余談ですが、
以前はこの後に大畑へと向ったのであります。その冷えきった体を暖めようと、ちょうど目の前にあった古くからあったであろう温泉に入ったのであります。
中には大きな浴槽がひとつ、その隣に中くらいの浴槽がひとつ、せまい通路をはさんで、小さな水の浴槽がひとつ、そして洗い場が回りを囲む広い所の中央部分に丸型の直径150センチ程の小さな浴槽がひとつありました。
みんなそれぞれ思い思いの浴槽に体を沈めてホッと一息、体のシンまで温まったのであります。
しかし見ると、誰もその小さな丸型の浴槽へ入っている者はありませんでした。
するとひとり、石岡君がすくっと立ち上がり、その丸型の浴槽へと向ったのであります。
ただ、誰もそれ程それに対して興味をもっている事も無くさりげなく横目で眺めているだけでした。
かくゆう私もそんな感じで何気なく眺めていたものでした。
トコトコと立派なものを股間にぶら下げた石岡君はその丸型の浴槽の縁に腰掛けると、するりと両足をその湯に差し込んだのであります。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

大きな叫び声が風呂場の高い天上にまでこだまし弾けとんだのであります。
最初、私達は何が起こったのか見当も付きませんでした。そこには石岡君が、その立派なものを上向にさらけ出し、無惨にも大の字に転がっているだけでした。
良く良く見ると、先程湯に突っ込んだその足が膝のあたりまで真っ赤に変色してしまっているではありませんか。

「あっつい、これ死ぬ程あつい、こんなもの入れねーよ!」

石岡君はその真っ赤に腫れ上がった両の足をさすりながら天上に向ってそう叫んでおりました。
それに興味を示した面々がその丸型浴槽に大集合。
それぞれが足の指先をちょいとつけただけで転げ回る始末。
私もその後、思いきって、えいっと右足を膝まで突っ込んでみて驚いた。これはもはや風呂の湯というせまい了見を飛び越えて、すでに熱湯ではありませんか。
言わずもがな、私もそのきれいに磨かれたタイルの上を転げ回るはめになりました。
とてもじゃありません、これは、この風呂場というみんなの空間にあるよりも調理場という閉ざされた空間にあるべきものなのであります。
みんなそう思ったに違いありません。
しかしそんな仲、勇者と言うのは存在するもので、体の引き締まった梅ちゃんが手を上げたのであります。
そして生涯で一番の勇気を振り絞りその熱湯に勇敢にも挑んだのであります。

「ぎゃああああああああああああ、どりあああああああああああああ!」

なんと肩まで浸かったではありませんか、さすがであります。
しかしそう思ったのも束の間、すぐに転げ出たのであります。
その全身はどす黒い程の赤に荒れ上がり、とても通常の人間の皮膚の色ではありませんでした。ケロイドの少し手前。
梅ちゃんは直ぐに水風呂に飛び込み、その大切な一命を取り留めたのであります。
私達は思いました。
「あまりにも危険すぎる」と。

するとそこに70才はゆうに越えているだろうと思われる、地元の漁師らしき老人がひとり入ってきたのであります。
その老人は私達若僧には見向きもせずに、その丸型の浴槽の側に陣どると、持参したプラスティックの黄色い桶にその恐怖の湯を注ぎ入れるや、涼しい顔で肩からさらりとかぶったのであります。
「ぎゃっ」
となりにいた私の方から小さな声がもれてしまった。
その老人は何事もなく、2杯目の湯をその桶に満たすともう片方の肩からその湯をザザーと掛けたのであります。
そしてすくっと立ち上がると、スイーと、まるでその湯に吸込まれるように肩まで浸かったのであります。
「ふぅーっ!」
小さな気持良さそうな息をひとつはくと、その老人は恍惚の表情を浮かべ首をひとつ右側に折ると、コキッと鳴らしたのでありました。
私達は呆気にとられ、そしてその場をすごすごと立ち去ったのでありました。
私の予想では約50℃はあったのではないか、と、思っている次第であります。

エンジンは快調に三拍子を刻み、軽快に野山を掛け抜けて行きます。
そして先に素晴らしい景色が見えて来ました。

おおー純白の灯台の下にはあの馬達が見えるではありませんか。
透き通る青空と白い灯台、そして優しい馬達、これ以上の感動はありません。

「その節はありがとうジロー(仮名)元気でなによりです、今年もよろしく!」
誰がジローだったかはっきりとしない私はそこに立つみんなにお礼をしたのでありま
した。

長いので次回へ